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岡山地方裁判所 平成6年(わ)124号 判決

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してある郵便貯金払戻金受領証四通(平成八年押第一一号符号一ないし四)及び委任書一通(同号符号五)の各偽造部分を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、若いころから賭け麻雀に凝り、多額の遊興費を使っていたが、昭和五八年に遊興費等を得る目的でいわゆるサラ金等からの借入れを始めて以来、サラ金等からの借入れを続ける一方、宗教活動に凝る妻との間も疎遠になり、平成元年にスナックで知り合ったA子との親密な交際を始めるや、同女との交際費も嵩むようになって、さらに金融機関や勤務先から借金を重ねることとなった。そして、同年末、被告人は妻子のいる倉敷市内の家を出て、殆ど家に戻らなくなり、平成二年二月からは、A子と岡山市内のアパート等で半同棲生活を始め、同女との生活に安らぎを覚えるようになった。その後、A子とけんかをしたり、A子の家庭の事情から一時期A子と別れたものの、妻子のもとに帰ることもできず、その間父B及び母C子の借家に同居したが、A子との生活が忘れられず、いずれも間もなくA子との半同棲生活に戻っていった。平成二年から三年にかけて、サラ金等からの借入れも増え、勤務先にも督促の電話が掛かり、借金の返済と勤務先からの前借りに追われる状態になっていた。また、そのころから被告人は体に不調を覚え、平成四年春には慢性関節リウマチと診断され、体の痛みにより仕事にも支障がでるようになっていたこともあって、借金の返済のため父Bに借入れを申し入れたが強く拒否され、母C子や妻の母親及び会社からの借金を重ねていた。

しかし、平成五年に入ると、毎月のサラ金等への返済額は二〇万円から三〇万円くらいにもなり、被告人の月給ではとうてい賄えない状態になり、同年一月には再びC子からBに内緒で三〇万円を借りて、借金返済に充てたりしていた。同年五月までの被告人のサラ金等からの借入れは総額一五四四万円余りであり、未返済金は元利合計で四〇〇万円余りにのぼっていた。同年六月、サラ金等への返済金の工面ができなくなった被告人は、勤務先を無断欠勤した末、そのまま退職したが、同年七月末には、右失業したこと及び多額の借金をしていることがA子に知れるところとなり、また健康保険が使えなくなって通院ができず、リウマチも悪化して、就労できる状態ではなくなった。この頃から被告人は、生活費をA子に出してもらうことから内心同女に対する心苦しさ、負い目を感じる一方、同女に対しては、働いている様に装って、同女との生活を維持しようとして、同年七月及び九月にはさらにC子からBに内緒で二〇万円と三〇万円を借り、その中からA子に給料だと嘘をついて生活費を渡していた。しかし、再就職もできず、同年九月初旬には、A子と一緒にしていた清掃のアルバイトも辞めて全く無収入になった被告人は、被告人のことを心配するA子から両親の家に戻るように言われるようになった。

同年一一月にも、被告人は生活費をA子に出してもらう一方、同女からアパートの家賃の支払いが滞っていることや両親の家に戻るように言われたこと等から、同女の心を繋ぎ止め、同女との生活を維持するためにはどうしても金を借りて来なければならないと考えるようになった。C子からは既に「二度と貸さない。」と言われていたので、同月五日ころに、親戚に借金を頼みに行ったが断られ、その後も、A子には借金の当てがあるようにとりつくろっていたが、結局他に当てはなく、Bに頼るしかない状態となっていた。そこで、被告人は予めBの機嫌を伺うために、同年一二月二日及び三日に、B方を訪れ、B及びC子と雑談をして帰り、明日こそは是非ともBに借金を申し込もうと決意した。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  前記経緯により、いわゆるサラ金等から多額の借金をしたまま失業した上、慢性関節リウマチを患って満足に働くこともできず、生活費に窮する一方、A子をいとしく思い、同女との生活に固執し、同女との生活を維持するためには何としても実父Bから金を借り受けようとして、平成五年一二月四日、岡山県倉敷市《番地略》所在の同人方に赴き、同日午後一時三〇分ころ、同人方において、同人(当時七九歳)に「一〇〇万円ほど貸してもらえんじゃろうか。」と畳に額をすりつけて借金の申し出をしたところ、同人から固く拒絶された上、生活態度等についても小言を言われたり、罵られたりして互いに大声で怒鳴り合うに至ったため、同人から金を借りることはできないと知ってしばらく思いあぐねているうち、これだけ頼んでも金を貸してくれようとしない同人に対して憎しみが募るあまり、もはや同人を殺害して金品を強取するほかないと決意し、その場にあったナイロン紐を同人の頚部に巻き付けて強く絞め付け、よって、そのころ同所において、同人を窒息死させて殺害し、さらに、右同日午後二時ころ、右同所において、折から帰宅した実母C子(当時七四歳)が倒れているBを認め、驚いて同人に駆け寄って、「おじいさん、どうしたん。」と動揺した声を上げたことから、C子が騒ぐことを恐れ、B殺害の犯跡を隠蔽するため、とっさにC子も殺害しようと決意し、前記ナイロン紐を同女の頚部に巻き付けて強く絞め付け、よって、そのころ同所において、同女を窒息死させて殺害した上、同日午後三時ころから、同所にあった前記B所有の現金三万円、郵便貯金総合通帳一冊、株式会社中国銀行発行にかかる普通預金通帳一冊、キャッシュカード二枚及び印鑑一個在中の印鑑ケース一個(時価約九〇〇〇円)並びに前記C子所有の郵便貯金総合通帳一冊、株式会社中国銀行発行にかかる総合口座通帳一冊及び印鑑三個在中の印鑑ケース一個(時価約一万四五〇〇円)を強取し

第二  同月六日ころ、前記B方において、前記B及びC子の各死体をそれぞれ布団袋に詰め込んだ上、同月七日ころ、右両名の死体の入った布団袋二個を軽四輪貨物自動車の荷台に載せて、同県玉野市北方字畑一〇九〇番地一保安林付近の県道長谷、小串線(通称貝殻山スカイライン)路上まで搬送し、同所において、まず、右Bの死体が在中した布団袋を路外の崖下に投棄し、さらに、右場所から約一二二メートル離れた同所一〇六八番地一保安林付近路上に至り、同所において、右C子の死体が在中した布団袋を路外の崖下に投棄し、もってそれぞれ死体を遺棄し

第三  強取にかかる前記B及びC子名義の各郵便貯金総合通帳および印鑑を使用して郵便貯金払戻名下に金員を騙取しようと企て

一  平成五年一二月六日午前九時五一分ころ、岡山県倉敷市阿知一丁目七番二号倉敷シティープラザ西ビル一〇三倉敷駅前郵便局において、行使の目的をもって、ほしいままに、情を知らないA子をして、ボールペンで同局備付けの郵便貯金払戻金受領証用紙の払戻金額欄に「1700000」、おところ欄に「岡山県倉敷市《番地略》」、おなまえ欄に「C子」と記載させ、受領印欄に前記強取にかかる「甲野」と刻した印鑑を押捺させ、もって、C子作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(平成八年押第一一号符号三)を偽造した上、A子及び被告人において、同局係員Dに対し、右受領証を、真正に成立したもので、自己がC子の使者として正当な権限に基づき払戻しを請求するもののように装って、前記強取にかかる同人名義の郵便貯金総合通帳とともに提出・行使し、郵便貯金一七〇万円の払戻しを求め、同係員をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において、同係員から現金一七〇万円の交付を受けてこれを騙取し

二  同日午後五時ころ、岡山市《番地略》乙山コーポ二〇二号室被告人方において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンでその場にあったレポート用紙の白紙に「委任書」、「記号《略》」、「番号《略》」、「1金¥700000」、「上記の通帳よりの引出しを、甲野太郎に委任致します」、「倉敷市《番地略》」、「B」と記載し、その名下に前記強取にかかる「甲野」と刻した印鑑を押捺し、もって、B作成名義の委任書一通(平成八年押第一一号符号五)を偽造した上、同月七日午前一〇時一四分ころ、岡山県倉敷市西富井一一四八番地倉敷西富井郵便局において、同局係員E子に対し、右委任書を、真正に成立したもので、自己がBの代理人として正当な権限に基づき払戻しを請求するもののように装って、前記強取にかかる同人名義の郵便貯金総合通帳等とともに提出・行使し、郵便貯金七〇万円の払戻しを求め、同係員をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において、同係員から現金七〇万円の交付を受けてこれを騙取し

三  平成六年一月一〇日午後二時一三分ころ、前記倉敷西富井郵便局において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンで同局備付けの郵便貯金払戻金受領証用紙の払戻金額欄に「¥60000」、おところ欄に「倉敷市《番地略》」、おなまえ欄に「B」と記載し、受領印欄に前記強取にかかる「甲野」と刻した印鑑を押捺し、もって、B作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(平成八年押第一一号符号一)を偽造した上、同局係員の前記E子に対し、右受領証を、真正に成立したもので、自己がBの使者として正当な権限に基づき払戻しを請求するもののように装って、前記強取にかかる同人名義の郵便貯金総合通帳とともに提出・行使し、郵便貯金六万円の払戻しを求め、同係員をしてその旨誤信させ、よって即時同所において、同係員から現金六万円の交付を受けてこれを騙取し

四  前記三の日時ころ、前記同所において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンで前記郵便局備付けの郵便貯金払戻金受領証用紙の払戻金額欄に「¥100000」、おところ欄に「倉敷市《番地略》」、おなまえ欄に「C子」と記載し、受領印欄に前記強取にかかる「甲野」と刻した印鑑を押捺し、もって、C子作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(平成八年押第一一号符号四)を偽造した上、同局係員の前記E子に対し、右受領証を、真正に成立したもので、自己がC子の使者として正当な権限に基づき払戻しを請求するもののように装って、前記強取にかかる同人名義の郵便貯金総合通帳とともに提出・行使し、郵便貯金一〇万円の払戻しを求め、同係員をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において、同係員から現金一〇万円の交付を受けてこれを騙取し

五  同年二月一七日午後零時一七分ころ、前記倉敷西富井郵便局において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンで同局備付けの郵便貯金払戻金受領証用紙の払戻金額欄に「¥80000」、おところ欄に「倉敷市《番地略》」、おなまえ欄に「B」と記載し、受領印欄に前記強取にかかる「甲野」と刻した印鑑を押捺し、もって、B作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(平成八年押第一一号符号二)を偽造した上、同局係員の前記E子に対し、右受領証を、真正に成立したもので、自己がBの使者として正当な権限に基づき払戻しを請求するもののように装って、前記強取にかかる同人名義の郵便貯金総合通帳とともに提出・行使し、郵便貯金八万円の払戻しを求め、同係員をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において、同係員から現金八万円の交付を受けてこれを騙取したものである。

(証拠の標目)《略》

(争点に対する判断)

一  判示第一の各強盗殺人について、検察官は、被告人がいずれも金品強取の目的で各被害者を殺害した旨主張するのに対し、弁護人は、被告人には各被害者殺害時にいずれも金品強取の目的はなく、両名殺害後に初めて財物奪取の意思を抱くに至ったものであるから、右両名殺害については通常の殺人罪が、その後の郵便貯金通帳等の奪取については窃盗罪が各成立するのみである旨主張し、被告人も、強盗の故意を認めていた捜査段階での供述を覆し、当公判廷においては、父親B殺害については、借金を断られた上、言い合い、罵り合いとなって感情を抑えられなくなり、かっとなって殺したものであり、母親C子殺害については、B殺害を知られて騒がれたら困ると思って殺したものである旨供述するので、この点について以下検討する。

二  関係各証拠によれば、

1  被告人は、本件当時、失業中であり、また持病の慢性関節リウマチのため定職に就くこともできず、全く無収入の状態であった上、いわゆるサラ金等からの借金未返済金は元利合計四〇〇万円以上であって利息の支払いも滞るなど、経済的に窮迫した状況にあったこと、当時、半同棲生活を送っていたA子にも生活費を出してもらっており、同女からアパートの家賃の支払いを促されたり、Bらの家に戻るようにも言われたりしたため、同女に強く愛着を感じていた被告人としては、同女との生活を維持するためには是非とも金を手に入れなければならないという追い詰められた状態にあったこと、一方これまでBに内緒で金を工面してくれていたC子からも、平成五年九月に三〇万円を借りた際、「これが最後ぞ。」と強く言い含められていたことから、もはや借金を頼むわけにはいかず、同年一一月には、親戚筋のFからも借金を断られ、最後に頼るところはBただ一人となっていたこと、それゆえ、被告人は、同年一二月二日、三日と予めB方を訪ねて同人の機嫌を伺った上、どうしても金を貸してほしいという切羽詰まった心境で翌四日、B方に借金の申込みに出向いたこと

2  右同日午後一時過ぎ、被告人がB方を訪れた際、同人方には、BとC子がいたが、C子は買い物のため間もなく外出し、被告人は、同日午後一時三〇分ころ、その四畳半の間でBに「一〇〇万円ほど貸してくれんじゃろうか。」と借金の話を切り出したところ、Bは不機嫌になり、同人から「お前がくるのは金の無心に来るときだけじゃ。お前が何で俺のところに金を借りに来んといけんのなら。お前が俺を養うのが本当じゃろうが。」などと言われ、さらに、畳に額をこすりつけつつ重ねて借金を申し込む被告人に対しても、Bは、被告人や被告人の妻子に対する小言や、悪口等を言ったり、「自分で働けんのなら死んでしまえ。お前に銭を貸すくらいなら市にでも寄付をする。貸さんもんは貸さん。」などと言ったりしたことから、被告人は、もはやBからは金を借りることができないと思い、腹立ちまぎれに同人と大声で怒鳴り合う事態となったこと、そして、これ以上Bに頼んでも無駄だと思った被告人は、「ほんならええわ。」と捨てぜりふを残して隣の表六畳間に行こうとしたが、その時、偶々同四畳半のステレオラックの上に長さ一五〇センチメートルくらいの荷作り用ナイロン紐が折りたたまれて置かれてあるのが目に付いたこと、その後、右六畳間でしばらくベッドに腰掛けて考えこんでいた被告人は、立ち上がって右ナイロン紐を手に取り、Bの背後から同人に近づき、右ナイロン紐を同人の頚部に巻き付けて絞殺したこと

3  B絞殺後、大変なことをしてしまったと思った被告人は、ナイロン紐をBの頚部から外して元の場所に置き、続いて、Bの死体を隠さなければいけないと考え、Bが寝ているように装うためこたつの掛け布団を同人の体の上に掛けた上、再び表六畳間に行き、ベッドに腰掛けたこと

4  同日午後二時ころ、被告人がベッドに腰掛けて考え込んでいる時にC子が買い物から帰ってきたが、同女が四畳半の間に横たわっているBに気が付き、驚いて駆け寄りざま「おじいさん、どうしたん。」といううろたえた声を上げるや、被告人は、前記ナイロン紐を手に取り、Bの顔を覗き込んでいるC子の右横から同女に近づき、右ナイロン紐を同女の頚部に巻き付けて絞殺したこと

5  その後、被告人は、外から室内を覗き込まれたら困ると考え、四畳半の間において、こたつ台を窓ガラス側に立て掛けた上、両親の死体を並べて仰向けに寝かせてこたつ布団をかぶせ、顔にはシャツや布を被せたこと、そして、同日午後三時ころから、被告人は、物色行為にとりかかり、奥六畳間の押入れの中からC子名義の郵便貯金総合通帳一冊、印鑑入れに入った印鑑三個を、四畳半の間のステレオラックの中から現金三万円を、下駄箱の中からB名義の郵便貯金総合通帳一冊等をそれぞれ見つけ出して奪取し、それから、辺りが暗くなるのを待って、同日午後五時半過ぎにB方を出たこと

以上のとおり認められる。

三  そこで、B殺害の動機について検討するに、前記のとおり、被告人は、公判廷において、Bと言い合い、罵しり合いとなり、かっとなって殺害した旨供述しているけれども、前記認定事実によれば、被告人は、Bから罵しられたその場で直ちに同人を殴打したり、手で同人の首を絞めたりするなどの暴行を加えたのではなく、一旦隣室のベッドに腰掛けて思案した上、目にとまったナイロン紐を手に取り、Bの背後から同人に気付かれないように忍び寄って同人殺害行為に出ているのであり、このような殺害行為の態様からすると、被告人の行為は、激情にかられた発作的、衝動的行動とは到底いえないし、またBから罵られたというその悪口の内容も、前記摘示から明らかなとおり、五〇歳を過ぎて本来であれば両親の生活を援助すべきはずの息子が年老いた親に一〇〇万円もの金の無心をすることへの不満やこれまでの被告人の生活態度、被告人一家との関係に対する諸々の非難等であり、特段理不尽というべき内容ではなく、被告人としてもそのように非難されても仕方のないことであるから、右Bの悪口に対する単なる憎悪のみをもってB殺害の動機とするにはいかにも不十分と言わざるを得ない。事実、被告人の捜査段階、公判廷における全供述をみても、被告人がBからの右非難ないし悪口に反発したとする部分はなく(むしろ、Bから金を借りられそうにないと知って初めて被告人も「どうしても貸さんのじゃな。」と声を荒らげ、お互いに大声で怒鳴り合ったとある。)、被告人がかっとなったその直接の引き金となった言葉が何であったのかさえ、被告人は、これを特定、具体化して供述することをしていないのであり、Bから罵られたことだけで被告人がBに対する殺意を抱くまでの憎しみを覚えたというのは、到底これを肯ずることができない。

そして、これに加えるに、被告人も、当公判廷において、Bから借金を断られても諦めきれずにいたこと、借金を断られても金のことが頭にあったと思うこと、借金を断られたことが被告人のBに対する憎しみの大きな部分を占めていたことを自認していること、捜査段階においても、被告人は、C子殺害の動機については一部変遷があるものの、B殺害の動機については勾留当初から一貫して金品強取の目的であった旨供述していること、これらのことを併せ考慮するならば、最後の頼みの綱であったBから借金を強く断られたことにより、金を得ることが絶望的になったことを認識しつつも、なお金を得ることに執着していた被告人の心理状態が優に推認できるというべく、そうだとすれば、被告人の捜査段階における供述のとおりに、これだけ頼んでも金を貸してくれようとしないBに対する憎しみと今なお続く金への執着とがあいまって、もはやこの上はBを殺害して金品を奪うほかないとの金品強取の目的から、被告人は、B殺害に及んだことを認めるに十分である。

なお、弁護人は、以前からB方下駄箱内に郵便貯金総合通帳等があることを知っていながら、B殺害前、被告人がこれに全く手を付けていないこと、また、B殺害後も、被告人が直ちに右通帳をはじめとする金品物色行為をしていないことをそれぞれ指摘し、当時の被告人に金品強取の目的がなかったことのなによりの証拠であると主張する。

しかしながら、まず、B殺害前に右通帳に手を付けていないとの点については、被告人がB方を訪れたのはあくまで借金申し込みのためであり、当初から被告人には金品窃取の意思は全く念頭になかったこと、前記のとおり、被告人の犯意形成に当たっては、額を畳につけてまでして頼んだのに、一向に金を貸してくれようとしないBに対する憎しみがその有力な一要因であったのであり、単に金への執着から右通帳を奪えば足りるものではなかったこと、次に、B殺害後に直ちに金品物色行為をしていないとの点については、被告人の年令、世代に照らしても、実父殺しという大罪を犯したからには、例えば、前記認定のごとく、Bの死体を隠すにも、およそその効なき方法しかとられていないことからも明らかなとおり、当時の被告人は、もはや尋常な心理状態にはなく、およそ合目的的な行為に出る余裕のないほどに茫然たる状態にあったことが容易に推察されること、以上のとおりに右各点については十分合理的に説明できるのであるから、弁護人指摘の右各事実をもってしても前記認定を左右するものではない。

四  次に、C子殺害の動機について検討するに、前記認定のとおり、従前C子は被告人に金を工面するなどしており、被告人もC子に対しては感謝と親愛の念を懐きこそすれ、同人を憎む気持ちは全くなかったこと、B殺害後の状況についても、被告人は、我に返るとともにとんでもないことをしてしまったという動揺から、Bの首からナイロン紐を外し、同人が寝ているように装い、物色行為に出ることなく茫然としてベットに腰掛けていたこと、その後、被告人は、C子が帰宅し、横になっているBを見つけて「おじいさん、どうしたん。」とあわてて駆け寄ったところを殺害しており、同女が帰ってくるのを待ち伏せしたとか、帰宅後直ちに殺害行為に及んだというのではないこと、そして、C子殺害後もしばらく茫然とした後、初めて被告人の物色行為が開始されていること、これら被告人とC子との従前の関係、B殺害後の被告人の茫然たる状況、殺害のきっかけとその態様及び金品物色の時期に鑑みるならば、被告人は、B殺害の事実をC子に知られて騒がれたくないという口封じの目的からとっさに殺意を抱き、C子殺害に至ったものと認めるのが相当である。

もっとも、被告人の捜査段階における供述調書中には、C子殺害についても、金品強取の目的があったとする部分もある。しかしながら、これら被告人の供述調書を子細に検討すると、B殺害については、勾留当初から金品強取の目的での殺害を認めているのに対し、C子殺害については、逮捕以降平成六年三月一六日の検察官の取調べ前までは、口封じのために殺した旨一貫して述べていたのに、右検察官の取調べにおいて初めて「父の通帳などを奪うためには母も殺してしまわなければならないと思った。」旨金品強取の目的が現れること、これに加えて、前記認定のとおりに、客観的には、C子殺害が後の郵便貯金総合通帳等の奪取の手段となっていることや被告人の当公判廷における取調状況に関する供述をも考え併せると、金品強取の目的があった旨の右供述は、取調べ検察官において、いわば理詰めに追及して被告人の自白が獲得されたのではないかとの疑問を払拭し去ることができない。したがって、右検察官調書等の記載を信用することはできないというべきである。そして、もともと父親を殺害してまで金品を強取することを意図していなかったにもかかわらず、父親殺害という大罪を犯してしまった被告人の心理状況としては、茫然とするあまり、C子殺害時には金品強取の目的が明確には被告人の意識に昇っていなかったとしてもむしろ当然というべく、何ら疑問とするには及ばない。

以上のとおりであり、C子殺害に当たっては、B殺害の事実を知られて騒がれたくないとの口封じの目的でこれがなされたと認められ、他に検察官主張の金品強取の目的を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、C子殺害の動機が右認定のとおりであるとしても、前記認定のとおり、B殺害が金品強取の目的でなされたものであり、B殺害の事実を知られたくないという口封じ目的でC子を殺害したことは、強盗の機会におけるその発覚を防ぐための犯行ということになるから、結局法律的評価としては、C子殺害についても強盗殺人罪が成立することになる。

(なお、弁護人、被告人の主張等と本件公判審理の経緯とに照らして訴因変更の手続を要しないことは明らかである。)

以上、B及びC子殺害については、いずれも強盗殺人が認められる。

(法令の適用)

被告人の判示第一の被害者両名に対する各所為はいずれも平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法律による改正前の刑法(以下同様)二四〇条後段に、判示第二の各所為はいずれも刑法一九〇条に、判示第三の一ないし五の各所為中、有印私文書偽造の点はいずれも同法一五九条一項に、同行使の点はいずれも同法一六一条一項、一五九条一項に、詐欺の点はいずれも同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、右の有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として最も重い詐欺罪の刑(但し、短期はいずれも偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる)で処断することとし、判示第一の各罪について所定刑中いずれも無期懲役を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一のBに対する強盗殺人罪につき無期懲役に処して、他の刑を科さないこととし、なお、押収してある郵便貯金払戻金受領証(平成八年押第一一号符号一)の偽造部分は判示第三の三の偽造有印私文書行使の犯罪行為を、同受領証(同号符号二)の偽造部分は判示第三の五の偽造有印私文書行使の犯罪行為を、同受領証(同号符号三)の偽造部分は判示第三の一の偽造有印私文書行使の犯罪行為を、同受領証(同号符号四)の偽造部分は判示第三の四の偽造有印私文書行使の犯罪行為を、委任書(同号符号五)の偽造部分は判示第三の二の偽造有印私文書行使の犯罪行為をそれぞれ組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法四六条二項但書により同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、金融業者等からの多額の借入れにより返済不能に陥っていた被告人が、失業の上、持病のリウマチのために働くことができず、不倫相手との半同棲生活を続けるための生活費に窮するようになったことから、父親に金の無心をしたところ、同人に断られた上に罵られたため、金品を奪う目的で同人を絞殺し、続いて間もなく帰宅した母親が倒れていた父親を見て動揺した声をあげたため、口封じのため同女を絞殺し、その後両親宅から同人ら所有の郵便貯金総合通帳等を強取し(強盗殺人)、数日後、両親の死体を保安林へ投棄して遺棄し(死体遺棄)、さらに、右強取にかかる郵便貯金総合通帳等を利用して、五回にわたり両親名義の郵便貯金払戻金受領証等を偽造、行使して合計二六四万円を騙取した(有印私文書偽造、同行使、詐欺)という事案である。

その動機及び犯行に至る経緯は前記認定のとおりであり、要するに、被告人が、A子との不倫関係を維持継続するためにサラ金等からの借金を重ね、その結果失職のやむなきに至り、そのためにさらに健康状態を悪化させて無収入となったものの、A子との不倫関係を解消する意思もなく、そのためには是非とも金を入手する必要に迫られ、実父に借金の申し入れをしたところ、これを強く拒絶された上叱責されたため、金品を奪う目的で実父を殺害し、さらに、帰宅した実母が実父の異変に気づいて騒ぎそうになったため、実父殺しが露見することを防ぐために実母をも殺害したというもので、その経緯も動機もその非はもっぱら被告人にあり、まことに身勝手極まりないものであるばかりでなく、その余りに短絡的な思考には人間性のかけらさえもうかがわれず、同情の余地は微塵もないと言うべきである。

被害者ら夫婦は、被告人ら兄弟を育て上げた後、土地建物を購入して被告人一家と同居を果たし、家族に囲まれた安穏な老後を夢見たのも束の間、被告人の遊興とこれに起因した被告人の妻の宗教活動が原因で折り合いが悪くなり、その結果、被告人一家が家を出て、その後は右土地建物を売却し、被害当時は居住地において、被告人らに頼ることなく、土地建物の売却代金と年金等を頼りに、平穏かつ質素な余生を送ろうとしていたところ、被告人の不倫と家庭放棄、度重なる借金によって平穏であるべき生活を害され、借金取りに見張られたり押し掛けられたりの迷惑を被ったばかりか、わずか一〇〇万円の借金を断ったばかりに、こともあろうに実の子である被告人の手によって、無残にも突然命を奪われたもので、被害者らの無念の気持ちは察するに余りある。Bは、平成三年に被告人から借金の申し込みをされた際「こっちが金をもらいたいくらいだ、本当ならおまえが親を養っているはずなのに、なんで収入のない親のところに無心するんだ」と被告人を諭し、C子が被告人に金を貸したことを知り、C子に対して「金を半分わけてやるから出て行け」と激怒したことからも、被告人への援助を拒否することによって被告人の自立と更生を強く願っていたことがうかがわれるのであるが、その気持ちをついに理解されずに被告人の犠牲になったもので、死んでも死にきれない同人の気持が伝わってくるようである。特に、C子は、被告人からの度重なる金の無心に対してBに内緒で金を工面し、Bから前記のように叱責されてBに気を遣い、借金取りの目を逃れながらも、「これが最後ぞ、もう二度と貸さん」と言って、残り少ない貯金の中から金を与え、被告人の目前の生活を案じるとともに、被告人の自立を願っていた上、被害の前日には被告人の体調を気遣い、食べ物を渡すなど母親としての愛情を被告人に注いでいたにもかかわらず、理由もわからないまま、突然被告人からこのような凶行を受け、「何するん」という言葉を残して死んでいったもので、あわれというほかなく、被告人はその母の大恩を仇で返したのである。

そして、犯行態様については、被告人は被害者らに気付かれないように背後から近付き、やにわにその頚にナイロン紐を巻き付けて絞め、同人らの抵抗にもかかわらず、手に内出血ができるほどの力を込めて被害者らの頚を締め上げて殺害した上、被害者ら宅の押入れ、タンス、下駄箱の中などを約一時間かけて家探しをして、現金や貯金通帳等を奪取したものであって、両親の死体をそばに置いて金品をあさるその様子は想像するだけでも戦慄すべき光景であり、悪質というほかない。

加えて、殺害後二日間遺体を被害者ら宅に寝かせて放置した後、硬直している同人らの死体を無理やり折り曲げてロープで縛り上げて布団袋に詰め込み、これらをそのまま更に一日放置した上、山中の崖下にあたかも粗大ごみのように投棄した行為は、両親に対する畏敬の念が全く感じられないばかりでなく、人間としての尊厳をも害するものであって、とうてい許すことのできないものと言わなければならない。そして、約三か月間も山中に遺体を放棄され、変わり果てた姿になった被害者らは誠に哀れである。

さらに、被告人は、被害者らを殺害後、被害者ら宅の電気、ガス、水道や借家契約を解約して清算し、被害者らの家財道具を処分するなどして、被害者らが転居したかのように装って犯跡を隠蔽した上、A子に対しては「ばあさんから金を借りられることになった」とだまして協力させるなどし、委任書等を偽造したりC子の声色を使ったりして、強取した郵便貯金総合通帳等を利用して、五回にわたって、総額二六四万円の貯金を引き出しただけではなく、敷金の返還分や電話の売却代金等として一〇万円以上を入手し、その中から生活費等としてA子に渡して体裁を整えて、A子との不倫関係を継続し、さらに、A子とともに悠然と北海道や北陸に旅行に出掛けたり、山陰地方に食事に行って豪遊するなど、自らが両親を殺害したことに対する畏怖の念は全く感じられず、両親を殺害後の情状も極めて悪く、反省悔悟の気持ちを認めることもできない。

これらの事情からするならば、被害者側に責められるべき点が全く見出せない本件においては、被告人の刑事責任は極めて重いという他ない。

そこで、検察官は死刑を求刑するので、量刑について検討するに、死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、真にやむを得ない場合における究極の刑罰であることにかんがみると、その適用については慎重な検討を要するところであり、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大で、刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合に死刑の選択が許されるものというべきである。

本件についてこれをみるに、前記のとおり、罪質、動機、結果の重大性及び犯行後の情状については何ら斟酌すべき点は見出せない。しかしながら、本件は借金の申込みを断られた末、とっさにその場で思いついた犯行であって計画的犯行ではないし、殺害方法は、その場にあったナイロン紐で絞殺するというもので、被害者の苦しみをことさら増大させるような執拗あるいは残虐な手段ではないこと、遺族の被害感情、特に本件では被害者らの二男でありかつ被告人の弟であるGの被害感情が考慮されるべきであるが、同人は当初極刑を望んでいたものの、立場の複雑さからかその後の心境には変化が認められること、本件は実父母強殺ということで社会的関心を集めたが、人々に社会不安等を与える程度の社会的影響は認められないこと、被告人には前科がなく、その生活態度には非難されるべき点はあるにしても、概ね真面目に稼働して犯罪とは無縁の生活をしてきたこと、逮捕後は強殺の故意の点を除けば、事実を素直に認めて、自らの命をもって償いをしたい旨一貫して述べるなど本件を深く反省悔悟していること、したがって、被告人には再犯の危険性、さらには一般予防の見地からの厳しい処罰の必要性も認め難いことなど斟酌できる事情が認められる。

以上のことからするならば、被告人の罪責は誠に重大であり、罪刑の均衡の見地からするならば極刑も考えられないではないが、右のとおりの斟酌しうる事情が認められる上、死刑が回復不可能な刑罰であることを考慮するならば、被告人について死刑を適用することには躊躇せざるを得ない。むしろ、被害者BとC子の子としてこの世に生を受け、同人らの庇護の下に生育した被告人には、自らの手で両親の命を奪い去ったという事実を厳粛に受け止めさせ、その終生をかけて反省と悔悟、弔いの日々を送らせて、両親の冥福を祈らせるのが相当であると考える。

したがって、当裁判所は被告人を無期懲役に処するのを相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山森茂生 裁判官 近下秀明 裁判官 藤原道子)

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